40歳になりました。30代を振り返り、これからの抱負についてつらつらと。そしてこれまで書いてこなかったことについて。

こんにちは。女性の在りたい姿を応援するエバーガールの有紀子です。

たまには徒然記事を。しばしお付き合いいただけたら幸いです。

先日、無事に40歳の誕生日を迎えました。
なんとなく父、母、親族を見ていると70~80代までは生きられそうなので、人生の折り返しかなぁと一区切りがついた気分です。

私は東京都世田谷区で生まれ育ち、20代の時に台東区に1人暮らしをし、その後江戸川区、江東区と移り住み、東京都在住40年になりました。子どもを授かり母としては10年が経ちました。
大企業から中小企業、アルバイト、業務委託などを経験し、下の子を産んでからは個人事業主として自宅起業し約7年が経ちました。

起業したときはネイルサロンにアクセサリー講師と、主婦の傍ら当時流行っていたサロネーゼとしての活躍を目指していました。
しかしそれはあくまで40代になったときにキャリアが途絶えていることが怖かったからです。
かといって、若くて家庭を持っていない人や男性と張り合い、どんな仕事でもできまっせ!というのも育児との両立で無理だと考え、起業したいと思ったのです。
東日本大震災もあり、帰宅難民であるときに実家も遠く幼児を直ぐに迎えに行けるように、とか昭和の時代の自分の家庭のように子どもの幼稚園、小学校帰りには家にいたい、という思いもありました。

しかしその後、色々な価値観の違いがあり、2015年3月、3歳と5歳の子どもを連れて別居し今住んでいるところに定住します。
その後も復縁の可能性は薄く、2016年5月、離婚をしました。
夫がいて自分がいる、子どもも親も含めて4人家族である、という自分の願う人生の道から外れました。自分が36歳、37歳のときです。

別居してから半年後。いや、正確には別居してすぐから。
とてもとても心細く、寂しかったです。

子どもたちはまだ幼児語しか喋りませんし、テレビに映る映像は子どもが機嫌悪くならないようにと子ども番組ばかり。
ドタンドタンと走り回る子供たちを注意しないで済むよう、見晴らしの悪い一階を選びました。ひとりで育児をしていくだろうと考え、学校の側に住み、習い事なども近いところばかりを選び送迎の簡略化をし、子どものためというよりも「私が心配しないで済むところ」という選び方で習い事を選びました。
実家の方に帰るか迷いましたが、当時5歳だった娘が幼稚園や育った街に愛着が沸いていたので、引っ越さないことを決めたため家族の助けもあまり得ることができず、孤独でした。

幸せではない・・・。

幸せじゃない人にサービスを受けてお客様は嬉しいだろうか。

ママ友も、同じ境遇でない友達と話して気を遣わせないだろうか。

子どもがいるから出歩けない。

幼稚園ママはほとんどが離婚をしていません。異端児、変わっている人という扱いを親子ともども受けないだろうか。

と考えると、身近な人にこそ思いのたけを話すことができず、今思うと辛い時でした。
ひどかったのは夏休みです。平日も休日もなく三食二人の世話です。誰にも伝えられない苛立ちを抱え子どもにあたることもあり、イライラを押さえる漢方を処方してもらって気休めにしていました。

その後、たまたま別居して半年後の夏にFacebookを見ていたら勝間和代さんの主催する勝間塾の広告が目に留まりました。
オンラインサロンでオンライン受講ができるとのこと。行けないだろうけれど、遠足やオフ会などのイベントがあり多用な人と出会えるとのこと。

入塾を即決しました。

私は不勉強で著書も読んだことがなくたまにテレビや新聞、ウェブでお見かけしたくらいでしたが、何よりも、勝間さんも私と同じく離婚経験があるシングルマザーであるということをどこかで知ったから、きっとそこには答えがあるという風に感じたのです。

そこのコミュニティに私は何者であるか、今何をしているか、どういうことに悩んでいるのか、どういうことをしていきたいのか。ということを文字を使って整理をしていくと次々と思考が整理され、会ったこともない仲間からアドバイスがもらえ一つ一つ前に進むことができました。月に1回、母に子守に来てもらうお願いをし(それも母が高齢になる前に今しかない、というタイミングだと考え)、実際の会場に足を運ぶと久しぶりの夜の外出、異業種交流、とワクワクして眠れず、毎月の月例会の夜を楽しみに生活をしていました。そこでは地域問わず、年齢・職業問わず、男女問わず心を通わせ思いやり共に切磋琢磨する仲間ができました。

月例会の後オフ会の幹事をすることで勝間さんと直接お話する刺激フルな機会も増えました。

別居から離婚を決意できたのも、寂しさが和らいだのも、成長実感を感じられたのも勝間さんが運営する勝間塾とそのコミュニティの存在があったからでした。

そこから私は、まずはオフ会の開催をし、それからオンライン講座や講座、Kindle本の執筆・出版などに挑戦し、やり遂げられるようになってきました。
そして今、40歳になり、新たなサービス、片付け下手で離婚したともいえるほど課題だった片付けをテーマにした新しい事業、不用品。おかたづけのヒント&処分サービス CureRe を勝間塾の仲間とともに立ち上げ軌道に乗せるべく頑張っています。

2ヶ月で想いのアウトプットを実現しよう、というブログ塾も8期を終え、Kindle本も多くの方に読んでいただき、自宅にいながらにして影響の輪も広げることができました。
可能な範囲で人に会い、知り合いやお友達も増えました。

シングルマザーであるということで生きづらく感じている人は他にもいたのではないか。
そう考えて、勝間塾の中で「シングルマザー繋がりの輪」というグループも作りました。30名ほどになりました。
今は違うかもしれませんが、数年前はシングルマザー=何かに失敗した人、立ち振る舞いが上手じゃない人 というような無意識の偏見があったように思うのです。
実は正直言って自分自身がそういうフィルタを持っていました。でもそれは、実は仕事を変えるとか引っ越すとか、彼氏が変わるとか、事故に遭ったとか、そういった選択や出会いの一つでしかないと、今なら思えるのです。それはたくさんの多様な人たちに会い、みんなそれぞれが自分が自信がないことだったり克服したいことだったり夢を持っていると分かったからでした。

それでも離婚したという失敗体験、シングルマザーであるということをこのブログで伏せていたのは、それによりマイナスの評価を受けるのが怖かったのだと思います。
見事に一度もカミングアウトをしないまま、これまで400記事を書いてきました。高学歴ママとしてテレビに出た時も、幼稚園の謝恩会の司会をした時も、PTAの広報部長を2年連続引き受けた時も、「でも偉そうなこと言ったって家庭生活はうまくやれていないんじゃない」って思われるのもとても怖かったです。私だって家庭と仕事の両立をしたかったです。叶いませんでした。
信頼できるはずのクローズドのFacebookですら偏見が怖く、離婚した、という文字すら書けませんでした。しかも私は20代でも一度失敗していて×2なのです。見る目がないとか慎重さがないとか頭悪いとか思われるのも嫌でした。

でも、いまは3人で新しい家族のカタチを作っているし、離婚した夫も毎週末育児をするようになったし、みんなそれなりに幸せそう、と今の生活に自信が持てるようになったのです。

今は多様な家庭の一つのスタイルだと思って、自分の在り様に自信を持てるようになりました。

誕生日もお友達や大切な人に笑顔で祝ってもらってとても幸せでした。

 

だからこれからは隠しません。

 

だから、これからは隠しません。私はシングルマザーです。
むしろこれまで3~4年間、どこにも弱音を吐かずに頑張ってきた自分で自分を褒めたいと思います。
これからの自分を「よく頑張ったね」としっかり認めてあげて、これからも自分の生きざまに胸を張って生きて行けるように前を向くだけです。

子どもたちも親を責めるでもなくただただ「ママとパパは合わなかったんだね」と認めて平日と週末のダブルライフを両立し、他にも学校やNPOのいろんな方から刺激を受けてすくすくと育っています。それが一番の救いで、励ましです。

何も恥じることはない。私たちは元気で幸せだ。今ならそう思えます。

この投稿が、生きづらさや言いづらさを抱えているどなたかの旨に届いたら嬉しいです。

子どもに出会い、理想の家庭像に迷い、悲しんで、悩んで、もがいていた30代よ、さようなら。
前だけを見る40代、50代よ、こんにちは。

そう思って今、日々生きています。

プロフィールも更新しました。シングルマザーとはあえて書いていないけれど。
書くところがなかったです(笑)

自分だけかな、気にしていたのは。長文をお読みいただきありがとうございました。
こういう弱みもさらけ出すことで出会える人もいるだろうと思って、書いてみました。

エバーガール 有紀子のプロフィール

子どもたちも大きくなったから書けるようになったのかな。
勝間塾で出会うシングルマザーの皆さんが皆なにも恥じることなくキラキラと前を向いて生きていることもとても励みになり、「私は何を恐れ、隠しているんだろう」と思えるようになりました。
子どもたちも小さくひよわで、何か3人暮らしで恐い想いでもしたら、という不安もあったかもしれませんが、今は2人も子どもだけで留守番や外出ができるようになったり、地域の人やいろんなお友達が子供たちと触れ合ってくれるから、それで安心したというのもあります。

年を取り自分もおどおどしなくて済むように成長し、時代も大きく変わりました。
そんな私の30代でした。一区切りつけて素敵な40代にします!

って、書き終わった今は涙涙ですけどね!!(笑)40代初涙(笑)

誰も気にしていなかったかな、気にしていたのは自分だけだったかな。そんな迷いもさようなら。

カミングアウトしたことで、これまで順風満帆っぽかった私も、痛みや迷いも経験しているということをご理解いただき、これからはもっともっと多様性やいろんな人に歩み寄った心に届くサービスを提供してきたいと思います!

ぶっちゃけ、型にはまることを望んていたって超標準志向の日本人的です。
もっともっと在りたいように生きることが大事だと思います。

夫がいないことだって、家事など手抜きできたり気を遣わず、などいいことも色々あるのですから・・・

これからはシングルマザーネタも含め、もっと色々発信していきます。
今月、全国ウンマン部と擦っていただく書面に掲載されます。どんな評価も受け容れ、受け流します。