小学校のPTA~広報部長をやり終えて①大いなる時代錯誤と矛盾~

こんにちは、女性の在りたい姿を応援する、エバーガールの有紀子です。

娘が通う小学校で、春にPTAのお仕事を引き受けて。一年が無事に終わりました。

途中は息が詰まるほど、物理的にも時間的にも心理的にも大変なときもあり、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」にならないように、今の想いを書いてみます。

このブログには、「PTA 広報部長 広報 大変」などの検索で読みにいらっしゃる方も多いので、少しでも胸が晴れるような記事を書けたらいいなと思います。ママ歴が長い人にとっては当たり前のPTAという存在でも、昨春の私みたいに未知のまま踏み入れる方も多いと思うので、そこら辺の解説も入れられたらと思います。

 

PTAってなんなの?

 

まず、PTAってなんなの?っていう話です。

PTAというのは、”Parents Teacher Association”というもので、学校教育ではカバーしきれない、子どもの発達を願う活動を行う組織。そして、その組織は、「おや・がっこう・子ども」とトライアングルで成り立っている(はず)です。

これが、大前提。

学校を差し置いて、親だけが暴走してもいけないし、子どものためにならないことを親のためにやるのもNGです。

 

と、私は考えるのですが、どうにも、

 

・親のためにもならず

・学校のためにもならず

・子どものためにもならない

 

活動があるように思います。

察するに、昔、専業主婦の方々や、地元の名士である男性などがPTA会長などを引き受けて、地位名声・暇つぶし・サークル活動・地域貢献・地域交流のために始めた活動が、残念ながら現存しているように思うのです。

 

じゃ、どんなことがそんな(理不尽な)こと?

 

・子どものためにならず、家庭が険悪になる旗当番

 

(雨の日も、風の日も、仕事の業務開始時間はお構いがない)たまに子どもの通学姿を見るのは心が和んでいいけれど、それを強制されるのは辛い

シルバーさんでいいのでは?いるし。お母さんたちは会社にも「今日は旗当番なので遅刻します」と言っているのでしょうか。

それが勤務上マイナス評価になったらかわいそうすぎます。

 

・全員加入が必須である

 

我が家は、PTAの主催である夏祭りも、もちつきも参加していません。今年度運営した行事も、児童全体の出席率は30%~50%がせいぜいではないでしょうか。一部の人しか楽しんでいません。

入学や卒業時の贈り物などは、PTA会費から全員への一律配布ですし、運動会の親子競技などはほぼ全員が参加ですが、「子どものため」という行事は、必ずしもすべての家庭に当てはまるものではありません。

たとえば、夏祭りを廃止しても、町会や神社で夏祭りがあれば、それで十分ではないでしょうか?

親が頑張って学校で祭りを興さなければならに理由が分かりません。その活動資金が、年に4,000円のPTA会費からです。

行事に積極的に参加する方用の任意加入を標準化したらどうでしょうか?

加入しますか?しませんか?と、団体保険のように聞いてくれたらいいと思います。

 

・不毛なベルマーク

 

いったいいつの時代から続いているんでしょう。箱を見て、洗って、切り取って、集計するんだそうです。一輪車や盲導犬の寄付などに充てられるのでしょうが、そんな暇があったら、インターネットで寄付金を募る方が早いです。

あるいは、PTA会費を節約してそこから捻出したらよいのではないでしょうか。

 

・全員役員を子ども1人につき、1回はやらなくてはいけない(強制であり、任意でないということ)

 

これは、うちの学校がそうであり、他の学校は必ずしもそうではないと思うのですが。

うちの学校では、人数が少ないせいか、6年間のうちに必ず1度は4役をやらなければならないという決まりがあります。これが、子どもが受験生になる高学年を避けたり、早いうちに大変なことを済ませたいという心情で、私が2年生の時にPTA役員をやることになった一番の理由です。

ですから

「子どもの役に立ちたい」

「学校のことをもっと知りたい」

というポジティブな動機でやっているわけではないのです。「やらなきゃいけないから」やるのです。書いていて悲しくなるけど。

 

・PTAはボランティアですから

・PTAはできる人ができる範囲でやればいいですから

 

というのは名目で、実際には自発的でなく、気乗りしない仕事も多いです。

それは、高度な調整、長時間の負荷、気乗りしないけど部長だからやらなきゃいけない、という仕事などがゆえです。

ちなみに部長になったのは、ジャンケンで素質がない方にあたり、振り回されるのが嫌だったからです。

また、自分が部長になれば、ある程度はやり方や、時間、負荷などが主体的にコントロールできるだろうと思ったからです。

 

これは、半分当たっていて、半分外れています。

 

やっぱり、部長は大変でした(笑)

自分でコントロールできる方が楽か、請け負う方が楽か、これはまだ答えが出ていない部分です。

※広報部のことについては、次の記事で書きますね。

 

後半私は、学校に行かなければならないのがなかなか辛く、帰りに近くのカフェに寄るようにしていました。そこで楽しみを見出していたのですが。

 

無給である

 

PTAの活動については一切無給です。無給であるからこそボランティア精神が大事だと思うのですが、実際には時間やタスクに追われることも多いです。

無給であるのに、よりよい広報誌を作るため、などの研修も品評会もあります。会社か!

仕事内容についても、多くのことは結構仕事っぽい仕事です。隙間時間にはできない集中力を要する者もたくさん。

 

メンバーのほとんどがお母さんである

 

男女共同参画の時代、ほとんどのお母さんが働いている、といっても、PTAを運営する保護者のほとんどは内の学校においてはお母さんです。

正直に言って、先日振り返り会で、お父さんが1人、「僕は副会長をやって、会長が回り切れない会合などに行ってくれたら、それでいいと言われましたが、実際には会長がしっかり仕事をしてくれたので、僕の仕事はほとんどなく、楽しかったです」とお話をされたのを聞いた時に、超むかつきました。

そのような役職にはお父さんがいても、一部員、一部長単位ですら、男性は少ないのです。

細かい調整、実際の運営、企画、など、お母さんがほとんどを担います。

 

なぜでしょうか?

 

そこ(PTA)にかけるパワーが、年に何十時間もあり、それによって、家のご飯が手抜きだったり、夜間に子どもたちだけで留守番をさせなきゃいけないことが何度あったでしょうか。

行事にも何も参加していないうちの子どもがこの1年得たものは、「お母さんは、みんなのために部長をやっていてえらい」

という感情だけでした(笑)

 

時間管理にしても、フルタイムで働くお母さんは仕事・家事のあとにオプションになりますし、私みたいに自営業で日中動ける人は、PTA活動が仕事の時間を侵食します。

辛いケースでは、私の男性の友人が、以前うつ病で自宅で命を絶ちましたが、その晩、奥さんは仕事のあとにPTAの仕事が残っていて、うまく友人に声をかけてあげられなかったそうです。

きっと、奥さん自身も自分をいたわることが出来ず、いっぱいいっぱいで、その晩彼に優しくしてあげられなかったんだろうということが想像できます。

彼は、PTAの仕事をしながらエアコンをつけっぱなしでリビングで寝ている奥さんに、「風邪ひくよ」と声をかけ、エアコンを切り、そのあと逝ってしまったのです。

 

本当にこれがPTAのあるべき姿なのでしょうか?

 

私が、夜間不在にしている間に、家で何か事故が起こったら、どうなるのでしょうか。

かといって、学校に子どもを連れて行っても、寝る時間が21時半とかになってしまい、通常20時に寝かせている我が家ではリズムが崩れてしまいます。

 

このような色々な矛盾がPTAにはあるのです。

効率の学校の場合は、よほどの場合じゃないと選べないですし、PTAを理由に子どもを5分、10分と遠いたがっくの学校に通わせようとすることもまずないですよね。

なので、選択権もありません。ただ、私が幸いだったことは、昨年着任した副校長先生や本部の方が柔軟な方で、効率化などに理解を示してくださり、ある程度システム化はできたことです。

 

他にも、解決策としての提案も書きたいですが、タイムオーバーにつき、この記事はここまでとします。

 

ちなみに、幼稚園の時もPTAを引き受けて、時間が足りなくなり、夫と仲が悪くなる一因でした。

来年は、パパに役員を引き受けてもらう方向で考えています。

 

ちなみに、効率化については、副校長先生に意見をしたら、それについては保護者の方のボランティアの活動なので、学校の人間としては口を出さないようにしているんです、とおっしゃられました。そういう立ち位置なようです。

 

これは現状の話なので、娘がいつか小学生の母になる頃には、いろいろな矛盾がなくなっているといいな、という気持ちであと2記事ほど書いていきます。

 

続き

 

小学校のPTA~広報部長をやり終えて②~1年間で改善したこと、下の子の時に考えたこと~

 

そして、広報部長を歴任、本にしました!是非お読みください。

 

Kindle出版 ~初めてPTA役員に。そして広報部長に。~ どうぞお読みください。

そして歴任の一年後、完結編です。

小学校のPTA~広報部長をやり終えて③~2年間の活動ののち、次年度の、将来のお母さんたち、自分、次世代の娘のための行動~